地中海周辺の欧州諸国を大いに悩ませたバルバリー(地中海のイスラム海賊)として有名なジョン・ウォードだが、イスラム教国の出身ではない。

1553年にイギリスで生まれ成長すると漁師として船の仕事に携わった。

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ジョン・ウォード

 

その後イギリス海軍への参加を経て私掠船(国から掠奪を正統に認められた海賊)船長となる。

英国の国家方針転換(敵国スペインとの融和政策)によって私掠許可が無くなっても略奪活動を止める事なく一介の海賊になり下がって略奪活動を続け、以後はイスラム勢力と手を結びキリスト教国の船を襲撃するようになった。

当時はキリスト教国の出身者でイスラムに改宗する者は少なくなかったが、ほとんどのケースは「捕虜になるよりはまし」とバルバリーになることを選んだのだが、ウォードの場合は自分から望んでバルバリーに転身しヨーロッパ諸国に宣戦布告したのだった。

彼はオスマン帝国を後ろ盾として地中海周辺のキリスト教国の船を片っ端から襲ったが、特に海事王国だったヴェネツィアなどは高価な船が多く標的にされやすかった為、常にウォードの動きに目を光らせていた。

彼は出身国であるイギリスの船も20隻以上拿捕したと言われている。

元来、豪放磊落なウォードは「酒・暴力・女」と三拍子揃ったならず者で、他のバルバリー船長達もずいぶん手を焼いたようだが、いざ戦闘となると実に頼れる男だったため少々のことは皆も目をつぶったようだ。

1609年イギリスのチャールズ国王の赦免状を手に入れ、帰国を果たそうと八方手をつくし画策するが、さすがに今更それは認められずイスラム教徒として一生を終えることになる。

海賊たちは悲惨な最期を迎えるケースがほとんどと言ってよいが、ウォードは晩年を非常に優雅に過ごし、貴族のように贅沢に暮らす中1622年に伝染病でこの世を去ったと伝えられている。

海外ウィキペディアでこのジョン・ウォードの紹介を見ていたらニックネームとして「Sparrow(スパロウ)」と書いてあった。

欧米では一般的にジョンの愛称は「ジャック」なので、彼のニックネームは「ジャック・スパロウ」と言う事になってしまう。

当サイトでは映画「パイレーツオブカリビアン」のジャック・スパロウのモデルはジョン・ラカムであろうと予測を紹介している。

それは記録に残るラカムのいでたちや雰囲気から来る全体の印象がジャックス・パロウに似ているからだ。

しかしこのジョン・ウォードのように名前の完全一致も偶然とは思えない。

話のタネとしては面白いのだが、いかんせんウィキペディアでの情報なので彼のニックネームが本当に「Sparrow」であったのかどうか?ハッキリした情報は管理人Pochiにはまだ見つけられていない。

もしかしたらパイレーツオブカリビアン公開後に付け足されたものなのかもしれない・・・・・

調査して解り次第報告したい。