名前のモデルは間違いなくイングランドの海賊フランシス・ドレークでしょう

エリザベス1世からは「私の海賊」とまで言われナイトの称号を受けたイングランドの英雄的な海賊であり、マゼランに次いで世界で2番目に世界一周を果たした事でも知られています。

彼の場合、海賊と言えば海賊なのですが、当時のイギリス情勢を鑑みれば「イギリス海軍」と呼ぶ方がふさわしいかもしれません。

当時のヨーロッパ諸国は国同士が制海権を賭けていたるところで戦っていたので、敵国の商船を襲う事は珍しい事でも何でもなく、それを海賊行為と言うなら欧州の全ての国家が海賊です。

特にスペインやポルトガルと比べて海洋事業において大きく出遅れた新興国のイギリスは海賊行為(私掠行為)に現状打開の糸口を求めるのは自然な成り行きだった事も予想できます。

そんな状況下のイギリスで敵国スペインからは「悪魔の権化」と呼ばれ恐れられた海賊です。

同じく最悪の世代に属するバジル・ホーキンスの名前の由来となったと思われる海賊「ジョン・ホーキンス」とは親戚関係にあたり、彼の元で海賊人生をスタートさせました。

20代の頃スペイン船団から受けた奇襲によって命からがら逃げ出したという屈辱が後のドレークを「非情な海賊」にしたと言われています。

ドレークの詳しい記事はフランシス・ドレークにて