海賊黄金期の最後にして最大のカリスマ海賊がバーソロミュー・ロバーツだ。

わずか3年の間に400隻を超える船を捕獲したと言う凄まじい実績は「海賊の王者」と呼ぶにふさわしい。

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バーソロミュー・ロバーツ

ロバーツは肌の浅黒いハンサムな男だったと言われ「ブラックバート(黒い準男爵)」の異名を持つ。

全身真っ赤な服を身にまとい緋色の羽をさした三角帽子をかぶり、宝石をちりばめた十字架の付いた黄金の鎖を身にまとうなど、普段から海賊らしからぬエレガントなファッションを好んだ。

しかし彼の本質はそのような外見から来る見せかけの派手さなどでは到底計れない。

ロバーツは確かに一風変わった性格ではあったが、その強烈なリーダーシップは部下達の絶大な信頼を集めるカリスマ船長であった。

彼が海賊になるいきさつを見ても、いかにカリスマ性が高かったかがうかがい知れる。

ロバーツはウェールズ出身の商人だったが、1719年ギニアに向かう奴隷船に二等航海士として乗り込んだ船が、ハウエル・デイヴィスという海賊に襲われ、ロバーツは捕えられてしまった。

このハウエル・デイヴィスもウェールズ出身の海賊だったが、彼もまた海賊としてはちょっと変わった男で、捕えた相手を海賊になるよう強要する事を好まず、それを誇りにしていた。

だが、同郷でもあるロバーツにだけは特別の親近感を持ったらしく、ロバーツが海賊として船に留まりたいと言ってきたときはことのほか喜んだらしい。

このときロバーツは36歳という非常に遅い海賊デビューだった。

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ロバーツの船「ロイヤル・フォーチュン」

ところがこのデイヴィスが出会ってわずか6週間後にポルトガル領のプリンシペ島の砦を襲った際に、敵の待ち伏せを受け殺されてしまう。

このとき、まだ海賊になって6週間のロバーツだったが、すでに仲間達から絶大な信頼を寄せられており、デイヴィスの後釜として皆から推され船長になってしまうという、信じられない大出世を果たす。

彼の船長としての最初の仕事は前船長デイヴィスの復讐戦だった。

難攻不落と言われたプリンシペ島の砦だったが、復讐に燃えるロバーツは大激戦の末にこれを撃破!

守りを固めた砦の攻略は極めて困難なのだが、その砦攻略で海賊としてのデビュー戦を飾ったのだ。

その後はカリブ海を中心に各国の船を襲っていった。

当時のフランスの報告書に

「フランス船とイギリス船15隻と42門の大砲を備えたオランダ船1隻をわずが4日で捕獲した」

などという、伝説じみた凄まじいばかりの襲撃報告がされている。

1721年にはアフリカへ向かいギニア周辺で掠奪行為を繰り返し、その対象はヨーロッパ船に限らず現地の村に交易を拒否されるとその村を襲ったりもした。

このようにロバーツは大海賊として様々な実績を積み重ねていくが、彼の特徴として、ただ単に強いだけの海賊ではなく、非常に事細かな掟を作って大船団に徹底させた事でも知られている。

重要事項の評決権のみならず、けがの補償に関する現在で言うところの福利厚生まで細かく決められていた

<その一部抜粋>

1.乗組員全てが重要事項決定の際、1票を投じる事が出来る。

2.仲間からたとえ1ポンドでも金品を窃盗・横領した者は孤島置き去りの刑、掠奪したものは耳と鼻を削ぐ。

3.金を賭けてトランプ、サイコロ等の遊戯を禁止。

4.午後8時消灯、消灯後の飲食は露天甲板のみとする。

5.ピストルやカットラス等の武器は常時使用できるよう整備しておく事。

6.女性をたぶらかし船に乗せた者は死刑。

7.戦闘中に持ち場を離れた者や船を見捨て降伏した者は死刑もしくは孤島置き去り。

8.仲間と船上で争う事を禁ずる。戦いは陸に上がって決着をつける。

9.分け前が1000ポンドに達するまでは誰も一味を抜ける事を口に出してはならない。

10.任務中に負傷し、障害が残った者は基金から800ポンド、軽傷の場合は度合いに応じた金額が支給される。

11.収益は船長と航海士は2人分、班長、甲板長、砲撃手は1.5人分その他の上級船員は1.25人分。

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バーソロミュー・ロバーツの海賊旗

当時は階級社会での厳しい差別や過酷な労働など、不平等な環境が当たり前のような社会だったのだが、そんな陸での生活に嫌気がさして海に出た者たちにとって、こう言った民主的ともいえる掟は、たとえ厳格であっても喜んで受けれられるものだった。

それにしても、このような軍隊に勝るとも劣らない厳格な規則を大船団に徹底させたあたり、バーソロミュー・ロバーツの高い指導力とカリスマ性を感じさせられる。

そんなロバーツにも最期の時がやってくる。

1722年2月、アフリカのロペス岬沖でイギリス海軍と戦闘になった。

このときのイギリス軍艦艦長チャロナー・オウグルは、この戦いでの功を認められナイトの称号を受け、後に海軍提督にまで出世した人物である。

激しい砲弾の応酬となり、ロバーツ自身も砲車に乗り必死に応戦したが、イギリス軍艦の攻撃力は凄まじくロバーツはぶどう弾(散弾)の爆発によって喉を斬り裂かれ死んだ。

「俺が死んだら身に付けていた物と一緒に海に葬ってくれ」というロバーツの遺言に従い、部下達は泣きながら遺体を海に投げ込んだと言う。

ロバーツの死後も部下達はよく戦ったが、戦力差は如何ともしがたく生き残りは降伏しロバーツ海賊団は壊滅。

生き残って投降したロバーツの部下達のうち52人が絞首刑に処せられ、世界最後にして最大の海賊バーソロミュー・ロバーツの伝説は幕を閉じた。

ロバーツの死と共に海賊黄金時代も終焉を迎えることになるのだった。

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