史上には大きな功績をあげ歴史に名を遺した海賊もたくさんいるが

このリューリクほどの功績を遺した海賊はいない。


なにしろ彼は国を興して王になってしまったのだから

しかも驚くべきことにその国と言うのは「どこかの地方の小国」などではない

彼が礎を築いた国と言うのは現代の超大国ロシアなのだ


ただ残念なことに「海賊(ヴァイキング)」としてのリューリクの記録は残っておらず

コストロマの修道院から発見された12世紀ロシアの歴史書『原初年代記』

「ヴァイキングの王」として彼の名が登場するのみである。


それによればリューリクは862年に当時東ヨーロッパ有数の交易都市であったラドガに至りここを自分の都と定めたとある。

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ラドガに上陸したリューリク


実はリューリクは「伝説の王」とも言われており実在を訝しがる説もある。

リューリクが海賊活動をしていたとされる北欧には「サーガ」という歴史書が存在し、スウェーデン出身の族長の活動が描かれている物があるが、リューリクに関してはその様な物は存在していない。


しかしいずれにせよラドガを統治していたヴァイキングの王が存在したのは事実であり、

その「リューリク」と呼ばれていた海賊の首長がロシアの礎を築いたのはまぎれもない事実だ。


リューリクが統治していたとされる「ラドガ」はスカンジナビア半島の付け根、現在のロシアとスウェーデンの国境あたりの都市。

ヴァイキングはバルト海から川伝いにこの地にやってきたのだが、

この水路は「ヴァイキングのギリシャへの道」と言われており、アラブ諸国との交流も盛んな文化都市だった。


リューリクはこの地を862年に支配したとされているが、

それ以前に一度、地元住人たちに年貢の支払いを拒否され追い返されている。

しかしこの地では民族間による抗争が激化し、強力なリーダーが必要と考えたスラブ人に統治を依頼される形でリューリクはこの地に呼び戻され、ここにノブゴロド公国を建設。

ロシアの始まりである。


リューリクはその後879年に死ぬまで政権の座についていた。



いち海賊が創った国が現在世界にきわめて大きな影響を持つ超大国になっている歴史は大変興味深い。


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ロシア1000年記念碑のリューリク像(ノヴゴロド)



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