北海やバルト海で交易船の乗組員として働いていたが、雇い主や船長らの侮辱的で不当な待遇に耐えかね、船を乗っ取って海賊となった。

船の名は「狂犬号」と言うまさに彼の気性の荒さをあらわしているネーミングだったが、実は大変部下思いで仲間からの信頼も厚い男だった事で知られている。

彼の名「シュテルテベーカー」とは古いドイツ語で「ジョッキを掲げろ」と言う意味で、彼の海賊団に加わりたいと申し出た者は大ジョッキになみなみ注がれたビールを飲み干さなければならなかった。

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シュテルテベーカーが活動した北海・バルト海の周辺地図

 

彼が率いた海賊団はヴァイタリエンブリューダといって複数のリーダーがおり、彼もそのリーダーのうちの一人だったが、彼は組織力・指導力に極めて優れたリーダーであり、非常に優秀な部下に恵まれた男だった。

ゴートランドを拠点に仲間の力を借りながら瞬く間に大海賊団をまとめ上げ、バルト海や北海で海賊として名を上げる。

シュテルテベーカーはおもにデンマークの船舶を襲い、デンマーク沿岸の都市を襲撃して海賊団を維持していた。

当時ノルウェー・デンマーク連合軍とスウェーデンは戦闘状態であったが、1389年スウェーデンはハンザ都市のリューベックに援護支援を申し出たことがあり、そのときリューベックからストックホルムへの食糧輸送を何度も成功させ、スウェーデンを救ったのがシュテルテベーカーだった。

いち海賊が一国を救ったのである。

だがしょせんは近隣を荒らしまわる海賊。

周辺地域では当然のように「厄介者」として忌み嫌われており、やがてはハンザ同盟による海賊掃討作戦によって窮地に追いつめられる事になる。

シュテルテベーカーはスウェーデンのコートランドに逃げたが、ここでハンザ同盟に味方したチュートン騎士団に攻撃され再び北海にまで逃げのびた。

大海賊として名をはせたシュテルテベーカーも1400年の春、とうとうブレーメンとハンブルグの連合軍事作戦によって捕えられてしまう。

彼の身柄はハンブルグに送られるが、このときハンブルグの港には大海賊を一目見ようと大勢の人々が見物にやって来たという。

シュテルテベーカーはこの地で100人の部下とともに処刑されてしまうが、このとき一つの伝説を残している。

彼は処刑(斬首)の際「斬首後に自分が歩いた歩数だけ部下を助けてほしい」と願い出たのだ。

そして斬首後、頭部を失った胴体は実に11歩、歩いたと言われている・・・・

仲間思いのシュテルテベーカーらしいエピソードであるが真意のほどは定かではない。

また凶悪な海賊であるにもかかわらず一般人からの人気も高く、彼ら海賊団の活躍(?)は小説や映画で紹介されている。

最も入手しやすいのは原題『STORTEBEKER A PIRATES HEART』

日本では「パイレーツオブカリビアン」人気にあやかって次のような題名になったようだ。

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パイレーツオブバルトDVD

また、彼らシュテルテベーカー達の一味は海賊として狙った船はハンザの裕福な船に限り、奪った金品は仲間や時には民衆たちまで等しく分けあったという義賊としての伝承も多い。

現在でも非常に人気の高い伝説的な海賊である。

2010年にはシュテルテベーカーのものかもしれないという頭蓋骨がハンブルグ歴史博物館から盗まれ、伝説の大海賊の頭蓋骨発見に数千ユーロの賞金がかけられた。

ハンブルグで処刑された後、海賊達の首は釘で打ち付けられ港に晒されたと言われ、そのときの様子を表している。

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シュテルテベーカーのものと言われる頭蓋骨