記録上では史上最年少の海賊である。

18世紀のカリブの海賊サミュエル・ベラミーの船に乗っていた少年で、8歳という説と11歳という説があるがはっきりしていない。

1989年米マサチューセッツ州ケープコッド沖でベラミーの海賊船ウィーダ号の残骸が見つかったとき、上流階級の人物が履いていたと思われる23センチの小さな靴が見つかった。


img_2
ジョンキングのものと思われる靴


発見当初は小柄な男性のものかとも思われたが、靴の中に絹の靴下と共に子供と思われる小さな骨が入っており、その骨を科学的に検証したところ「この人物が11歳より年上という事はあり得ない」という結果がでた。


海賊船に子供が乗っている場合それは捕虜であると考えるのが普通だが
ベラミーの海賊団を著した文献の中に「子供の海賊ジョン・キング」に関する記述があり「この骨の主がジョン・キングである可能性も否定できない」と考えられた。

ジョン・キングは  1716年、母親と一緒にボネッタ号で航海に出たところベラミー海賊団に襲われ捕虜となった。
ベラミーが捕虜の中から仲間を募るとジョンは仲間入りを強く希望したが、ベラミーは相手が子供なので歯牙にもかけなかった。
しかし、ジョンは「もし仲間にしてくれないなら自殺する!」と言い放ち、母親の猛反対を押し切って船に残りベラミー海賊団の一員となったのだ。

ジョン・キングは海賊団において主に戦闘中弾薬を運ぶ(皆に配る)仕事をしていた。
また船長ベラミーはじめ皆の小間使いとして動き回り、きっと皆から可愛がられたことだろう。

ベラミーは自分の船の中で徹底した民主主義を貫いた海賊として有名で、人種や年齢によって待遇に差をつけるような船長ではなかった。

その為子供だったジョン・キングも彼が出来る仕事をキッチリ割り当てられたが、分配も分け隔てなく貰ったものと推測される。

船長がそういう男だったからこそジョン・キングは子供心にベラミーに憧れを抱き、母親の反対を押し切ってまで海賊になったのかもしれない。

img_3
ジョン・キング(ナショナルジオグラフィックチャンネルより)


1717年海賊ベラミーのウィダ号はケープコッド沖で嵐に遭遇し座礁沈没、浜に泳ぎ着いた2名を除き全員海の藻屑と消えてしまうが、そのとき史上最年少の海賊ジョン・キングもウィダ号と運命を共にした。