マゼラン艦隊は世界周航を成し遂げた事によってひとつ大きな発見をしました。
それは「日付変更線」の概念です。

マゼラン艦隊のなかで唯一世界周航を成し遂げたヴィクトリア号の乗組員にイタリア人アントニオ・ピガフェッタがいました。
彼は地図製作者として参加していましたが独自に航海日誌も記録していたのです。

マゼランが航海途中で死んでしまった事で、死人に口無しとばかりに途中離脱者などはマゼランを意図的に悪者にする報告等も見られたのですが、ピカフェッタの生存・帰還によってマゼランの名誉は回復されたと言っても過言ではありません。
クーデターや裏切りなど様々なトラブルや提督であるマゼランが死んだ模様までも詳細に後の世に伝える事が出来たのは彼の記録のおかげです。
その彼がスペイン帰還の直前、ヴェルデ島で「水曜日投錨」と記録し、乗員の誰もがそれは当たり前の事として受け入れたにもかかわらず、島の人々は「今日は木曜日だ」と言い張る出来事がありました。

ピガフェッタは航海中一度も病気にかからなかったので日記を一日として欠かした事はなく、自分の記録が間違っているとは思えませんでした。
しかし、島には島で毎日の記録があり、そこで生活する人たち全員が同時に間違えるなんてあり得ません・・・・・

ピガフェッタも他の乗組員達もこの不思議な現象を理解できずにいました。

スペインに帰還後、この事を報告するとやはり皆が驚き不思議がりましたが、ある賢者が「地球が地軸を中心に1日に1回転しているからだ」
と説明したそうです。

しかーし!

上記の説明だけでは管理人は全く理解できませんでしたので(汗)

<管理人は噛み砕いてこう考えました>
ある島に住む1組の男女うち、男は太陽が真上にあるときに船で西へ向かい、女は島に残るとします。
西に進むという事は太陽の運行と同じ方向に進むわけですから、翌日太陽が男の乗った船の真上にくるのは島にいる女の頭上に太陽が昇った時間より少しだけ遅くなるはずです。
太陽は島にいる女の上空を通過した数分後に男の乗った船に追いつくはずですから。
2日目はさらに船は西に進むので島にいる女より、太陽が男の頭上にくるのはさらに遅くなり・・・・・・
3日目4日目、その差はどんどん広がっていきます。
つまり日数を重ねると女が「太陽が真上に来たからお昼だ」と認識したかなり後になって男は「太陽が真上に来たからお昼だ」と認識する訳です。
やがて船が地球を半周して女が住む島の真裏に到達した時には、島にいる女より半日遅れて太陽が男の真上に来る事となり、そして男が地球を一周した時には1日遅れてしまう事になってしまいます。

 

と、こんな感じで理解しましたが、間違ってますでしょうか?
また、このことで「地動説が証明された」と解説されているサイト様もみえますが・・・
これまた恥ずかしながら管理人には理解できません><
文系だからか?それともただ単に・・・・・だから?
まあ、解んないものは解んないですから、諦めます^^;

ともあれ東西の長距離運航は1日のずれが発生することが明らかになったので、どこかで調整する必要がありますが、人が住んでいる陸地では同じ国で2日にまたがるのも不便ですので、そういった影響の少ない太平洋上に「日付変更線」が設定されました。

これによりこの「日付変更線」を通過する場合、西から東ならば日付を1日戻し、東から西に向かう場合は1日先に進める事となったのです。