幽霊船フライングダッチマン号(さまよえるオランダ人)はアフリカ最南端の喜望峰近海で天候の悪い日に現れると言われています。

ケープタウンの港があるテーブル湾に入りたくても入る事が出来ず、今も近海をさまよっており、この船を見た者には不幸が訪れると噂され恐れられています。

比較的最近まで多くの目撃談が語られる幽霊船ですが、有名な話として1881年7月11日、英国王子ジョージ5世が乗り込んでいた練習船バッカント号による目撃例があります。

当時の英国王室では王子は王座に就く前に体を鍛えると同時に見聞を広める事を目的として軍人生活をおくるという習わしがあり、ジョージ5世も3年間の外洋航海を経験していますが、その航海途上でフライングダッチマン号に遭遇しました。

その事はバッカント号の航海記録にも書かれています。

この幽霊船伝説の始まりは1751年に遡りますが地域によって様々な伝承が混在し、相当脚色されたアクション活劇のような物もあれば、宗教的な色合いが強い教育的な物まで実に様々です。

様々な伝承の中からひとつご紹介したいと思います

フライングダッチマン号の船長はオランダ人のヴァンダーデッケンと言いますが、彼は船や船員たちを酷使する事で知られる非情な船長でした。

彼らはアムステルダムからアフリカ最南端にある町ケープタウンに向けて出航しましたが、アフリカの南端は遭難の多い危険な海域であり、フライングダッチマン号も嵐に遭遇し荒れ狂う海で必死の航海を強いられます。

 

220px-capetown-tw
ケープタウンとテーブル湾

船長のヴァンダーデッケンは海がどれだけ荒れ狂おうとも思いとどまる事はなく、強引に航海を続けるうちに船員達は次々に死んでいき船もボロボロになり、疲労困憊のヴァンダーデッケン船長は絶望とぶつけようのない怒りから神を罵ります。

「神などに救いを求めるものか!呪ってやる!」

船(神の化身)がヴァンダーデッケンに「こんなに船や船員たちを痛めつけ、まして神を罵ってまで湾内に入らなければならないのか?引き返す気は無いのか?」と聞くと彼はこう答えました

「最後の審判の日までかかっても入ってやる!」

神を冒涜したヴァンダーデッケンは自らの宣言通り最後の審判の日までテーブル湾に入る事が出来ず喜望峰近海をさまよいつづけることになります。

そして嵐の海に現れ、その船体を見た者は不幸に見舞われると言われます。

前述した英国のジョージ5世がこの船を見た時、彼は甲板勤務についており13人の同僚とともに目撃しています。

一人の水兵が真っ暗闇に浮かびあがった赤い光を発見し大声で叫ぶと、甲板にいた他の水兵たちもその声につられ赤い光を凝視しました。すると帆がボロボロになった古い帆船がぼんやり浮かびあがり、なぜかその船の周囲にだけ強風が吹き荒れ、船長らしき人物が何やら喚き散らしながら嵐に向かって突き進んでいったといいます。

ジョージ5世は聡明な王子であり、けっしてオカルトじみた事をことさら大げさに吹聴するタイプの人ではありません。

それだけに王子を含む10名以上の人間が同時に目撃したと言うこの報告は大変興味深いものがあります。

250px-flying_dutchman_the
アルバート・ライダー画「フライング・ダッチマン」

なお、このとき最初に赤い光を発見し、大声で叫んだ水兵は数時間後にマストから甲板に落ちて死んだそうです・・・

ジョージ5世に限らずフライングダッチマン号の目撃例は多く、同時に第一発見者が死んだという報告も多数されており、そのことが尚更このフライングダッチマン号伝説の恐怖を増幅させています。