バルバリア海賊とは16世紀、地中海で組織的に活動したイスラム系海賊の総称です。

バルバリアとは北アフリカの呼称で、アフリカ大陸北岸とジブラルタル海峡を超えたアフリカ大陸西岸のあたりの事で、ギリシャ語で(野蛮人)と言うような意味を持ちます。

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地中海

この地域はかつてフェニキアやギリシャの植民地が置かれており、その後はローマ帝国からビサンティン帝国と支配者は変わっていき、8世紀初頭からはオスマントルコ(イスラム勢力)の支配下にはいりました。

その後はバルバリア地域のみならず地中海を渡ったイベリア半島までもがイスラム勢力に支配される事になりますが、13世紀になるとキリスト教勢力が巻き返し、イベリア半島はポルトガルとスペインによって支配され、これによって地中海を挟んでキリスト教国家とイスラム勢力が南北に対峙する構図が出来上がります。

スペインは15世紀にはいるとアルジェ・チュニス・トリポリといったアフリカ大陸北岸の拠点を攻めとりますが、

それはあくまでも「拠点」であって周辺は多数のイスラム教徒が住んでいる地域なので時間と共に必然的に拠点は孤立してしまいます。

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オスマントルコの領土

やがて周囲の武装したイスラム教徒に包囲され、結局16世紀中ごろになるとバルバリアの主要な港は全てイスラム勢力圏になってしまいました。

ただ、イスラム勢力であるからイスラム国家(オスマントルコ)がその拠点の実権を握っているのかと言えば、そう単純な話ではなく、実質的に周辺海域の制海権を握っていたのは国家と言うより海賊達であり、港はすべて海賊達の基地となっていたのです。

当時の地中海沿岸地域は宗教・国家・海賊などが入り乱れた壮絶な勢力争いが続く状況下であり、このような混沌とした中から、オスマントルコ(イスラム勢力)の後ろ盾を得てバルバロッサ・ウルージやバルバロッサ・ハイレディンなど国軍レベルの大海賊が登場してきたのです。

<ガレー船と奴隷狩り>

地中海の海賊を語る上で重要なキーワードにガレー船があります。

この船の最大の特徴は船の両横に複数の櫂を備え、人力で櫂を漕ぎながら進む船だという事です。

喫水は浅いので多くの荷物を積む用途には向いておらず、荒れた海にも弱い。

また多くの漕ぎ手を必要とするので頻繁に食糧を補給せねばならず長期航海には向かない船でした。

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ガレー船

しかし、風向きの安定しない海域や入り江などの狭いところ、島の多い複雑な地形ほど高い機動力を発揮しますので、商用には不向きでも軍用としては非常に優秀で、地中海のような島の多い内海では軍艦として格好の船でした。

ガレー船の黎明期はヴェネチアなどでは商用としても多く使われ、漕ぎ手は通常より報酬も高額だったため希望者も多かったのですが、やがて報酬がその重労働に見合わなくなってくると、漕ぎ手はもっぱら奴隷の仕事になっていきました。

そうなると、大量の奴隷が必要となりますが、イスラム教の国ではキリスト教徒を捕まえて来ては奴隷とし、逆にキリスト教国はイスラムの人々を奴隷としたようです。

例えば、イスラム系の海賊がキリスト教系のガレー船を襲い、乗っ取ったとします。

するとそのガレー船の漕ぎ手であるイスラムの奴隷たちは解放され、キリスト教系の乗組員を今度は奴隷として漕ぎ手にしたのです。

イスラム系もキリスト系も当時最強の軍艦「ガレー船」の動力は奴隷なのですから、地中海の海賊達は金銀財宝を掠奪するのと同じくらい「奴隷を得ること」も重要だったのです。

通常の奴隷(陸の奴隷)はキリスト教国よりイスラム教国家の方が幾分救いがあったようです。

もちろん「全ての奴隷が」という訳ではなく主人しだいですが、イスラムの安息日には休暇が貰えたし、僅かばかりではありますがお金を稼ぐ事も可能でした。

これは戒律に厳格なイスラム教ならではのことと思われます。

またキリスト教を捨ててイスラム教に改宗すれば鎖を解かれましたし、ターバンを巻いて仲間ともなればバルバリー海賊になる事もありました。

一説にはイスラム系の奴隷は当時のヨーロッパの貧民より生活水準は上だったと言う皮肉な話も伝わっています。

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映画「ベンハー」よりガレー船を漕ぐ奴隷達

ただ、ガレー船の漕ぎ手に対する過酷な待遇はイスラムもキリストも大して差は無かったようです。

彼らには休息などほとんど与えられず、食事も僅かな豆類やビスケットのような物のみ。

当然、こんな扱いで効率が上がるはずもないのですが、効率が落ちた時は乗員が鞭を揮って強制的に漕がせ、気絶したら、無理やり目を覚まさせ、命を落とせば躊躇なく海に投げ捨てられました。

「漕ぎ手」と言う名の奴隷たちは完全な使い捨てだったのです・・・・・。